2014年10月29日 (水)

フェイスブックからブログ「誓いの丘」へ

 9月1日から約2か月間フェイスブックに投稿するスタイルを続けてきたが、面白さ、便利さの反面、一種の虚しさのような事も感じさせられてきた。私の場合は画像を多用するので、見る友達に負担を与えているのではないかと危惧している。律儀にいいね!をくれたり、コメントをいれたりと、結構面倒をかけているのではないかと思う。かといって、ブログでは掲載写真数に制約があって、面白くない。
 記事はブログに書いて、FBにリンクさせ、画像はそのリンク先の記事に挿入するという事が出来ないか試してみたい。経験のある方は教えて下さい。

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吉原幸子 を知る

http://poetsohya.blog81.fc2.com/blog-entry-2166.html感動

純粋とはこの世でひとつの病気です

 

 ゆるさないのがあなたの純粋

 もっとやさしくなって

 ゆるさうとさへしたのが

 あなたの堕落

 あなたの愛  (吉原幸子 「オンディーヌ」より)

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2014年9月28日 (日)

「誓いの丘」 は ハプニーング

 最近、色々な詩を読み返す事がおおくなった。それは、何と言っても花子さん事、田中恵さんの存在が影響を与えている。須藤洋平さんの詩集「みちのく鉄砲店」を読んで貰ったときの、彼女の感動が、須藤洋平さんの自宅訪問へと連なった事。いつも思うが全てが必然だという事。何かが私を導いているという事。
 昨日も、花子さん、コウジ君、小野寺さんと、例の海の見えるテラスで、バッハを聴きながら、食事。その時、ある方から、メッセージが。それ読んでいる私の顔が、見る見る赤くなって行くのを見て、「ゴローさん、高校生のよう」とカラカワレテしまった。自分でも半世紀ほど、若返った感覚である。
 日々がハプニング!!!
 昨日は仙台泉在住という方が、突然 誓いの丘 を訪ねて見えた。聞くと私の実家、橋浦本地の今野さんで、私の弟、七郎の同級生だという。震災後は何度も母校、橋浦小学校(現北上小学校)へ、支援物資を運んで来たそうである。この「誓いの丘」構想を話すと、是非協力したいというあり難い話があった。私のヨシ門松を見て、その販売についても、口を利いてくれるそうで、嬉しい限りである。
 それに、嬉しいお土産まで戴いた。お酒をいれる大きな甕で、それを見た、三太夫さん、金子さん、不躾にも中身があれば・・・などと仰る。私はお酒は呑めませんから。

 その後、コージ君をにっこりサンパークや、義兄の大槻宅等を案内する。誓いの丘に戻ると、花子さんがお客さんが来ているという。女の子二人を連れた、綺麗なお母さんである。二人のお子さんは、きゃっきゃっ言いながら、遊具で楽しんでいる。「誓いの丘」の赤い幟を見て、何があるのだろうと、登って来たという。
 私のヨシ門松も紹介すると、ご自分の施設でも、ミニ門松の体験会をしたいというあり難い申し出があった。その節には連絡を頂くという事を約す。
 最後に、ゲストハウスを案内して、天空の湯を案内すると、二人のお子さんは、裸足になって中に入って遊びはじめた。普通はダメとか叱りそうな場面であるが、お母さんは、おおらかにこどもに接していて、こちらまで温かな気持ちにさせられた。
 帰り際に名刺を頂き、話を聞くと、梅ノ木屋敷にあるお寺さんの奥さんという。松厳寺の直子さんとは友達だといいう。今、書きながら思い出したが、梅ノ木屋敷には、昔、小林周という親戚がいて、たまに訪れていた。今は亡くなったが、或は檀家になっているかもしれない。

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2014年9月24日 (水)

誓いの丘 建設の趣意

 私はこの未曾有の大震災によって、家族を失い、家財の全てを失いましたが、三度の死に目に遭いながら、どうにか生き延びる事ができました。この、生かされた命をどう使うか、避難所生活(追分温泉)の中で、考えていました。私の妄念は次第に形を現して、一つの思念へと結実していくようにおもわれました。
 津波で亡くなった方たちは、東の海の中にある仙人境蓬莱山(日本ではそれを竜宮城とよびます)で、永遠の命をを得て、憩っているのだ。だから、海に向かって手を合わせれば、亡くなった方々とも心の交流ができる。海に向かって、音楽や太鼓を打ちならして、自分は元気に生きているよう、元気に頑張っているからねえ、大丈夫だよーと発信する場を創ろうと考えるに至りました。それが、蓬莱山誓いの丘 構想です。
 慰霊に想い、鎮魂の想いは、どこに行かなくても、日常坐臥、心にあるものです。大事なのは、生き残った、生かされたこの命です。そうした、想いから、「誓いの丘」と命名しました。

 構想は多岐に亘ります。
 1.地蔵堂を建立して、49体のお地蔵様を安置する。(追波OPPA地区の住人49名が犠牲になっている故に)
その粘土は、この山から取った土を精製して粘土を作る。ここは縄文遺跡なので、縄文人が使った粘土でお   地蔵様を作る
 2 家内が好きだった蛍を増やすための池を造成する。蛍の幼虫の餌となる、カワニナやタニシを繁殖させて、蛍の住める環境を作る。池があれば水車でしょ、という事で、水車を設置して、水音を楽しむ。
 3.私の孫を含め、多くの子供たちが、友達や、大好きな家族を失って、大人以上に悲しい想いを抱いている。 そうした子供たちが、この「誓いの丘」にきたら、なにもかも忘れて、一日楽しく遊ばせたい。つまり、ミニパー   クを作る。
 4.母が好きだった鯉のぼりをこの「誓いの丘」にタナビカセテ、元気な姿を見せてあげたい。鯉は多くの滝を昇って天空を翔ける竜となり、竜宮城への架け橋となるでしょう。
 5.最後は樅の大木に ツリーハウス を建設して、海を見ながら、うたた寝をしたり、本を読み、音楽を聴きな がら、亡き人々にに想いを馳せる。

 こうした、大雑把な計画ではあるが、ご協力戴ける皆さんの想いも結集しながら、夢の一杯詰まった、生きる希望に満ちた、「誓いの丘」を創りたいのです。
 皆様のご支援と、ご協力を宜しくお願い致します。

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2014年9月12日 (金)

誓いの丘だより(震災からの復興をめざして)の開始について

 2年間亘って、ブログ更新が出来ないできましたが、この度 誓いの丘だより の立ち上げに至りました。
従来から 「ヨシ原日記」Ⅱを 誓いの丘だより に改編して記事を掲載して参ります。宜しくお願い致します。

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2014年9月10日 (水)

フェイスブック始めました

 ヨシ原日記 本編にも書いた事情によりまして、記事はぼちぼちと進めて参りますが、フェイスブックの方をご参照頂ければ幸いです。

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2012年5月 7日 (月)

特大鯉のぼり設置 笑顔届け隊!

 永らく(1月28日以来)ブログ更新が出来ないでいたが、今日、ロンドン在住のAさんから電話があった。ブログ更新がされていないので、私の健康状態を案じていたという。そちこちから心配のメールを頂いたりもしていた。

 津波で流された当時は、脳味噌を塩水で殺菌されたから少し頭も良くなったので無いかと思っていたが、ここに来て愈々脳味噌にも錆が回って来たらしい。どうも根気が無くなってきたようである。まあ、これは冗談だが、実は京都造形芸術大学の入学式(4月15日)にも出席して、色々な手続きやら、授業計画の作成など、ちょっと気の抜けない状態が続いたこと。又、陶芸の工房造りとそれと並行して自称別荘の(セルフビルド)新装作業もあり、ブログにまで手が回らないというのが真相である。
 娘からも一言断ってから中断したらと注意はされていたのであった。

 そこへ、突然特大鯉のぼりが舞い込んできた。今日の昼過ぎ、知り合いのHさんから電話があって、「ボランティアさんが鯉のぼりを飾る場所を探しているがどうか」というお訊ねである。それは勿論大歓迎ですと応えた。
子供の日も終わったので、鯉のぼりを片づけるのが普通だが、私の所では五月一杯泳がせる積りでいる。
 程なくHさんがボランティアの皆さんを案内して見えた。
 その鯉のぼりを見て驚いた。全長10mである。一回り小さい緋鯉でも8mである。
 兎に角、ためしに15匹の鯉を配置して上げてみる。やはり地上からの高さが足りないという事で、支柱を一段高くして、樅の大木に止めているロープも、5m程更に高くしてみる。それでどうやら無風状態でも地面に着くことはなくなった。五時過ぎに作業は終了したが、ロープの強度が心配になってきた。一応500kg迄の耐力はあることになっているが、果たしてどうか?

 作業を終えて、休憩しながら色々とお話をしている内に、これを機会にブログ再開に踏み切ってみようかという気持ちになってきた。この巨大な鯉のぼりを見て、亡くなった母も家内も喜んでいてくれるのではないかと思えてきた。皆さんの事も記事になるがどうですかと尋ねるとまったく支障は無いし、写真も提供するという事でブログ再開ということになった。
 次の13日の日曜日には、更に8匹の鯉のぼりを持参して来るという事で、その時は支柱を補強して更に一段高くして見ようということになった。場合によってはロープの交換が必要になるかも知れない。
 果たしてどうなる事か。

 つながろう日本!
  NGO《MIRAI~魅来》
 笑顔(^O^)届け隊!
 代表 藤吉 裕二
(頂いた名刺から紹介)
活動の紹介記事は コチラ

 皆さん、ご苦労様でした。ありがとうございます。
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2012年1月28日 (土)

冬の鯉のぼり 復興を祈って

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 この正月からずっと頭にあったが、色々な条件があって実現できないでいた。この26日に残っていた電柱の撤去が行われて、いよいよ鯉のぼりの設置ができることになった。当日、電力の工事会社の監督さんに鯉のぼりの設置の事をいうと、ロープを張るのはお手の物だからといって、山中の太いモミの木にロープを掛けてくれた。
 佐々木茂美さんにも手伝って頂いて、万国旗と鯉のぼりの配置を決める。しかし、午後になって猛吹雪となり作業は中止。久振りに温かい一日になったので、鯉のぼりの設置をする。
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万国旗はこの度の 東日本大震災にあたって、世界各国から様々な援助・支援があったので、その事に対する謝礼の気持ちである。
 どこに売っているのか散々探して、最後に ダスキンレントオールさんに相談をしてみたら、何と万国旗は販売しているという事なので、直ぐに伺って、在庫の5本を買い求める。(12m×5本)
 こちらのダスキンレントオールさんには4年程まえに、釣石神社での正月の焼版体験会の折に、テントをレンタルしているが、店長さんは私を覚えていてくれた。
 ダスキンレントオール 石巻あけぼの店 コチラ
 宮城県石巻市あけぼの3丁目1-11
TEL 0225-23-1710
FAX 0225-23-1610
営業時間 9:00~19:00
定休日 毎週火曜日

 流石にまだ冬なので、鯉のぼり は無理だろうと思っていたが、最近、仙台の 斎テント さんに行く途中で、望月人形店という大きな看板を見付けたので立ち寄ってみる。社長さんに事情を話して、何とか手に入らないかと相談をすると、幾らか倉庫にあるかも知れないというので、テント屋の帰りに寄るということにして、斎テントさんに行く。こちらでは中古のテントを格安に譲って頂いて、非常にラッキーであった。実はこちらの斎テントさんには、我が千葉家の親類に当たる佐々木建築棟梁の弟さんが永年勤めていらっしゃって、実家の佐々木家での冠婚葬祭には必ずお会いをしている。

 帰途、望月人形店に寄ると、大小20本の鯉のぼりが準備されていたので、これも格安に譲って頂く。
 望月人形店HP
〒983-0012
宮城県仙台市宮城野区出花2丁目71-23
℡022-258-9031
fax022-259-6301

 これだけの準備が整ったので、リサイクルショップ ポエム にお願いしていた鯉のぼりはお断りしようと行ってみると、これが、又、4.5mの鯉のぼりセットを探し出してあった。どこから出た物かと尋ねると、白浜の工務店の奥さんからという話である。それでは買わないわけにはいかないので、これも格安に譲ってもらう。
 最近、こちらのリサイクルショップ ポエムさんも、品ぞろえが良くなってきて、店内もきれいになっている。書籍も置いてくれるようになって、折に触れて立ち寄ってはチェックしている。
リサイクルショップ ポエム

■住所 : 宮城県石巻市鹿又字道的前181−2
■TEL: 0225-75-3088
 ここでは最近面白い人にあって、名刺を頂いたが、 石巻恋太郎さんとあった。京都から来ていると聞いたが果たして何者なのか?

 今日、すべて飾り付けが終わって、写真を撮影して、キタムラ イオン店にてプリントする。帰途、ポエムに立ち寄って鯉のぼりの写真を提供者の方に渡して頂くようにお願いする。コーヒーをご馳走になりながらふと見ると童謡・抒情歌のCDセットがある。セットで3000円というので、喜んで買い求める。
 必ず 童謡の 鯉のぼり が収録されていると思ったのである。
 あった、あった、ありましたね!
 鯉のぼり 作詞・作曲者不明
 一番の歌詞は誰でも思い浮かぶが二番、三番はまったく知らない。一番の 甍の波 もすべて人家が流失して更地になってしまった。

 三番 
 百瀬(ものせ)の滝を登りなば
 忽ち龍になりぬべき
 わが身に似よやと男子(おのこご)と
 空に躍るや 鯉のぼり

 大震災前の10年4月、孫の結太誕生を記念して大きな鯉のぼりを買った。所が、庭先には電線やらケーブルが張り巡らされていて、どうしても支障がでる。そこで、裏山にロープを張り渡して吊るしたのであった。それを隣に住む義兄(私の姉の夫)が、自宅に仕舞い込んであった鯉のぼりも飾れとなって、10本程を泳がせた。
 当初は雨露に当てるのは勿体ないと反対していた母も、最期にはすっかり喜んでくれた。亡くなった母のためにも是非 鯉のぼり を裏山一杯に泳がせたいと思っていた。
 やはり念じてみるものである。

 関連記事
 2010年4月11日 (日)
孫 結太 鯉のぼり設置  コチラ

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追記 
 コヒノボリ 作詞 近藤宮子 作曲 不詳 (昭和6年)
 ヤネヨリ タカイ
 コイノボリ
 オオキイ マゴイ ハ
 オトウサン
 チイサイ ヒゴイ ハ
 コドモタチ
 オモシロソウ ニ
 オヨイデル
 (全体くり返し) 

 注 歌詞引用 両方とも 「美しき唄 こころの歌 歌詞集」 発行者ユーキャンクラブ


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2012年1月22日 (日)

カフェ・雑貨店 「和」と「癒」の空間  yuugen 

今朝、石巻かほく紙 を開いて、アッと思った。昨日の土曜日、ふらりと訪ねたお店の記事が出ている。
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 私にとっては二度目の訪問であるが、柚子茶 を頂きながら、店内のあれこれを物色してみる。幸い?客は私だけであったので、ユックリと見まわる事ができる。女性客がいればそそくさと立ち去ることになる。
kenemaのタオルを4本。
 注 kenemaとは 美しい気配の ke 美しい音色 の ne 美しい間合いの ma

 それに縁起物として一福一膳のお箸と 金箔入りさくら 。
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これは地元釣石神社に合格祈願に訪れる、受験生の皆さんにどうかなと思った。
 帰り際に 店長さんと少し話をする。名刺を頂いたので、貴方も書道を?と尋ねると、実はもう一つあるんですと別の名刺を出してくれた。へえ 石巻にも出羽さんてあるんだ、と言うと、一軒だけという返事であった。
 私も5年程前に 市街地活性化の一委員として何度か会議にも出席したが、市街地の活性化はかなり難しい事だと感じた。そうした経験をちょっと話す。止むに止まれぬ気持ちからの出発であろうと思うので、私も何とか応援したいものだと思っている。
 有元堂 出羽表具店 通販サイト 
有元堂 出羽表具店
掛軸に記念写真!
表具の通販をお考えなら
有元堂出羽表具店
【営業時間】 8:30~19:00
〒986-0822
宮城県石巻市中央1丁目7-1
TEL:0225-22-0035
FAX:0225-22-0065
 お店のブログ


 実はもっと大きなお願い、書の揮毫をお願いする積りであったが、ちょっと気おくれがしてしまった。
 私は毎年、釣石神社にヨシの大門松を奉納しているが、それに謹賀新年に代えて 合格祈願 と大書してみようと考えている。それをどちらかの先生に揮毫して頂きたいと思っているが、金額を予想してみるとどうも踏ん切りがつかない。

 関連記事
 2012年1月 8日 (日)
ヨシ門松 TV取材  コチラ

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2012年1月16日 (月)

凧揚げ 


 昨日は実に久しぶりに凧揚げをする。土曜日の夜、仙台から北上に泊まりに来た 孫の夏音(かのん)が、幼稚園でタコ作りをして、揚げ始めたら、タコが大空に飛ばされてしまったという。 かみばあちゃんやぴいばあちゃんのいる天国に行ったのかも知れないという。そうだね、夏音のタコを皆でみているかもね。そんな話があったので、夜の内に 近くのダイソウで凧を買い求めておいた。
 昨日の日曜日、息子夫婦も来たので、皆で凧揚げを楽しむ。中々思うようには揚がらないものであるが、最後にはどうやら気持ちよく上がってくれた。寒くなってきて子供たちは仮設に戻ったが、私と息子二人で凧揚げの競争をする。凧に付属の糸では短い上に縺れ易いので、太めの紐に付け替える。
 凧はグングン風に乗って、揚がる揚がる、後で紐を計ってみたら、100mを超えていた。息子は30m位で軍配は私に上がったが、天国の家内や母(養母)も喜んでみていたかも知れない。
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 夜は息子の誕生日が明日16日ということで、市内の 飛翔閣 竹の浦 でお祝い会をする。
 夏音と結太
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 こちらは息子もお気に入りで、よく利用させて頂いている。こちらの社長さんは将棋大会の面倒を見てくれているが、昔はヘボ三段の私もよくお邪魔したものであった。
 健康講演会も企画なさっており、私がブログで紹介した食事でガンを治すという先生の講演もあった。
 お店に掲示されていた言葉書き
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 16日は 父と娘と一緒に姪の出産の喜びに佐沼の 結城産婦人科へ、そして姪の実家の東和町相川へと向かう。
 父とひ孫の凌央(りょう)
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夏音と
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 夜、自称別荘に戻って、仏壇の母と家内に報告をしてブログ記事を書き始める。
 記事を書く間ずっと繰り返して、 We do hope を聴きながら。


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«「震災の石巻」-そこから―市民たちの記録―