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2011年12月29日 (木)

特別養護老人ホーム きたかみ

 先日、特別養護老人ホーム きたかみ の阿部所長さんから、今年もヨシの大門松を飾って欲しいとの電話があった。朝に私から今年は門松を自粛する所が結構あるが、ホームではどうしますかとお訊ねをしたところである。所長さんは、私が家内と母を亡くしているので、門松の製作については遠慮していたという。
 私も門松の製作については迷ったのであるが、道の駅 上品の郷さんからの注文があったので、急遽、作業場を拵えて対応することになった。

 28日、特別養護老人ホーム きたかみ さんにヨシ門松の設置。
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 私の所の大門松は最初は一対(2基)で2万円である(サイズは高さ1.2m、胴回り30cm)。因みに道の駅上品の郷さんは特大で、1.5mである。正月が過ぎたならば正月飾りなどは神社に送り、ヨシの本体は希望に応じて、引き取り保管する。二年目以降は本体の手直しと新たに飾り付けを施して、配達、設置する。従って二年目以降は半額の一万円で設置することができる。勿論、毎年更新してくれるお客さんもあるが、それはそれで有難い事と思っている。ヨシ本体の土台をリサイクルする事になって、環境にもお客さんの懐にも優しい門松と言えば言える。しかし、製作者からすれば、結構、厳しい商売ということになる。地球に優しいのだからまあ、ヨシとしよう。
 特別養護老人ホーム きたかみ コチラ
 特別養護老人ホームきたかみ
宮城県 特別養護老人ホーム
.所在地 石巻市北上町橋浦字大須234
交通アクセス JR石巻駅より北上方面の宮城交通バス・住民バス(飯野川経由)にて「保健センター前」下車
特色 (その内容)
近くには北上保健センターがあり、北上町の福祉ゾーンに位置し、地域に密着したユニットケアを行なっております。
サービス提供地域
事業者名 社会福祉法人みやぎ会
事業所の運営に関する方針 利用者が家庭生活の延長として、自分らしく自立した生活を営むことができるよう、
ご家族と共に地域の社会資源を利活用し、尊厳をもって支援する。
■経営主体 社会福祉法人 みやぎ会
■所在地 宮城県石巻市北上町橋浦字大須234
■電話・FAX TEL 0225-61-7201 FAX 0225-67-2088
■開設年月 平成19年5月1日
■増築年月
■E-mail kitakami-jimu@sg-miyagikai.or.jp


 設置の後、道路から川側を見ると、丁度干潮なので、ヨシ原のヨシのまったく生育しない状況が良く分かると思うので、カメラに収める。
 北上川左岸4km付近(大須前)
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 この4km付近から6km付近は大須谷地と称して、大須地区がヨシの採取権を持っている。地区毎の面積としては、最も広く、我が家で刈り取りをしていた頃は約1万丸位は刈り取ったものであるが、昨今は半分位になっているらしい。最も素性の良いヨシが採れたのであったが、3月11日の津波以後、まったく再生していない。
 手前の水面から地面が見えている部分に本来はヨシが生えていて、今頃は刈り取りの真っ盛りの筈であった。

 このヨシ原の再生については、年明けにも国交省に対して調査と対策について要望することになっている。先週、北上総合支所においてその打ち合わせがあった。「北上のヨシ原を守る会」から私と佐々木茂美さん(自然保護員でもある)が出席する。

 4月18日の 夕刊 讀賣新聞(大阪版)に 「根は残った」と私は言ったのであったが、その後、根はすべて腐り果ててしまったようで、遂に再生することはなかった。
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こちらの写真は永年に亘ってヨシ原の写真を撮ってきた菊池永さんの作品であるが、ヨシ原は黄金に光輝いていた時代(昭和50~60年代)のヨシ原である。
 現在の新北上大橋下流部(通称釜谷崎谷地)である。
 3月の津波では、この部分は津波の最も激しい流路にあたったのか、根こそぎやられてしまった。その上流側の新北上大橋が落橋する衝撃である。
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 写真のモデルは我が家の親類でもある、追波の佐々木七郎さんである。

 こうした景色を見ることは最早不可能になってしまったようである。

2011年12月27日 (火)

道の駅 上品の郷 ヨシ門松設置

 今日は27日、友引で商売にとっては日も良いという事で、恒例のヨシ門松の設置をさせて頂く。3月11日の東日本大震災の津波で、家族を失い、ヨシ門松の作業場も諸材料もすべて流失してしまったので、どうしようかと迷っていたのであるが、道の駅 上品の郷 さんから、飾り付けの依頼があったので、急遽、作業場を拵えて準備に取り掛かった。例年では12月初めには道の駅でも販売を開始するのであるが、今年は注文を頂いた分だけの製作となった。
 ハウスの作業場で出番を待つ、ヨシ門松(特大高さ1.5m)
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 直売所玄関
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レストラン入口
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そしてふたごの湯玄関
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 今日は休館日で内部では掃除をしているので、遠慮して片側だけを撮影。

 道の駅 上品の郷 はコチラ

道の駅「上品の郷」の出来事などをご紹介いたします。
サイト内 じょうぼんにっき コチラ
 こちらのホームページに地域の名人というコーナーがあって、私も紹介されています。この写真にある自宅も今は跡形もなく、遠い昔のような気がする。

 夕方は 追分温泉さんに挨拶に伺う。今年は玄関に飾る大きな門松の設置については自粛するということなので、中の家内ヨシ門松(55cm)を室内の邪魔にならない場所に飾って頂くようにお願いをする。大奥さんにお話をしていると、お客さんが一つ欲しいという事なので、一つお買い求め頂く。ありがとうございました。
 雪景色の夕暮れ時の追分温泉
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こちらの追分温泉さんには、震災直後から6月12日まで、避難者としてお世話になった。
追分温泉さんの記事は別項で紹介したい。

2011年12月25日 (日)

『河川文化』 再びコクガン観察を夢見て

 日頃、何かとお世話になっている佐々木茂美さんが、先日 、漸く記事になったと言って、『河川文化』 56号 を持参してきた。この雑誌に投稿していたという事は以前から聞かされていたので、ヨシ門松作りの手を休めて拝読する。素晴らしい出来栄えで、ブログ紹介の許可を頂く。

 再びコクガン観察を夢見て 佐々木茂美
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石巻市北上地域で永年川に係る活動を共にして来たものの一人として、こんな嬉しいことはない。(地域の子供たちというカテゴリーを参照)
 
 これは余談であるが、佐々木茂美さんと我が千葉家は縁戚として、最も近しく行き来しており、震災前の自宅にはいつも茂美さんの声がするという具合であった。旧北上町時代から私の家内とは北上町役場での同僚であり、私自身とも河川管理関係の仕事で一緒だったので、ツーと言えばカーというような仲である。
 「北上のヨシ原を守る会」での活動、ヨシ門松を製作する「北上ヨシの会」でも製作から大門松設置まで手伝って頂いている。

 さてこの、 『河川文化』 についてちょっと紹介してみる。
表紙
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目次
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公益事業に対する寄付金の募集について
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投稿の案内など奥付
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 個人会員も随時募集しているようである。河川関連の文化等について興味のある方はどうぞ。(年会費5000円)

 公益社団法人 日本河川協会
〒102-0083 東京都千代田区麹町2丁目6番地5
麹町E.C.Kビル3階
TEL:03-3238-9771  FAX:03-3288-2426
E-maill: rivassn★japanriver.or.jp
※「★」を半角「@」に置き換えてください。
 ホームページは コチラ から

関連記事
2011年4月23日 (土)
東日本大震災津波襲来画像 コチラ

2011年12月23日 (金)

24年 ヨシ門松完成

 3月11日の東日本大震災の津波によって、自宅は勿論、ヨシ門松の作業場から諸道具一式が流失してしまい、今年のヨシ門松の製作は諦めざるを得ないかと思っていたが、 道の駅 上品の郷 の小野寺部長さんから電話があって、例年通り特大ヨシ門松設置の注文があったので、急遽、裏山の元畜舎を改造してヨシの工房を作ることになった。
 鉄骨の元畜舎の中に、更に3.5間×4間のハウスを建てた。資材はすべて 農業資材のグリーンサム さんから調達した。ハウスの入荷が遅れるかと思っていたが、遅れたのはビニールの方であった。
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こちらは中サイズ(高さ55cm)の門松の飾り付け作業場
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完成した 家内ヨシ門松
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 こちらは昨年とは少しバージョンアップし、又、東日本大震災後の正月であるので、簡単なメッセージを入れてみた。
 木版で 絆 の文字を彫って捺してみた。
 こころをこめて ありがとう
 東日本大震災の復興に向けて、多くのご支援を頂きました。
 家族の絆、地域の絆、そして多くの方々の絆、
 愛するものを失った悲しみは、こうした絆によってしか癒される
 事はないと感じています。
 この家内ヨシ門松は(親ヨシ・子ヨシ・孫ヨシ・家内ヨシ)と、地域特産
のヨシを使った門松です。

 辛く悲しい正月となってしまいましたが、周囲の人々の 絆 を支えに
残された人生を全うしたいと思います。それだけが、亡くなったもの
たちへのつとめと信じています。
 このヨシ門松を身近に眺めて、新たな希望を見出し、明日への
一歩にして頂ければ幸いです。

 コンパネで仕切ったこちらの作業場は、来年からは焼き物の工房
として、スタートすることになっている。

 直ぐそばのにゃんこのマンション
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 二匹の子猫は地下の迷路で遊んでいるのか、姿が見えない。


2011年12月21日 (水)

釣石神社のご参拝について

 先日、仙台にお住まいの方から、釣石神社のご参拝は可能か?というお訊ねのメールがあった。私のブログを読んで頂いたそうで、感謝したい。やはり時節柄、釣石神社カテゴリーへのアクセスも増えている。
 境内は湖の状態から土砂の埋戻し、整地が行われ、プレハブの仮社務所も完成して、ご参拝の皆さんへの対応もできることになった。先ごろの日曜日には恒例の注連縄の張り替え、茅の輪の設置、門松の設置も行われて、正月を迎える準備は整ったところである。
 (23日22時30分追記)
 今日、撮影した釣石神社の様子です。
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 先日、メールでお訊ね頂いた方から、無事ご参拝できたというメールが届いたので、紹介してみたい。

 お陰様で、無事お参りしてきました。

あれだけの地震でもびくともしなかったとは、たいへんなお守りの力が働いているようですね。

お詣りしている間に、冬至の太陽も顔をだされ、ありがたいことでした。

神社を整備してくださった皆様に感謝です。
ありがとうございました。

 釣石神社への案内は、道の駅 上品の郷の道路情報コーナーにも掲示されている。
三陸道河北ICをおり、道の駅前を通って飯野川橋をわたる。渡り切って直ぐの信号を左折。(右折禁止のため)高架をくぐって直進して県道にあがる。雄大な北上川を右手に眺めながら河口に向かう。やがて新北上大橋に至るのでさらに直進する。左手の山上に北上中学校が見え、大きな水門を過ぎて直ぐ左折する。にっこりサンパーク というゲートがるので、そこを右折する。(山の中という印象があるらしく、追分温泉の方まで行くひともあるが、国道の直ぐ近くである)。左手にすっかり更地になった追波地区を見、右手には小さな川(大沢川)を見ながら1キロほど進むと釣石神社である。従前は国道から釣石橋というものがあったが、この度の津波で落橋してしまった。従ってにっこりサンパーク 入口から右折して下るという事になる。

 釣石神社関連記事
    カテゴリー釣石神社からどうぞ
 昨年の釣石神社 飾り付けの動画

 2010年12月12日 (日)
釣石神社 茅の輪、注連縄飾り 動画編 コチラ

 この動画は昨年のものであるが、この動画に写っている方々でも、随分津波の犠牲になっている。その中には私の家内もあるのだが・・・・

「We do hope」 Live at GINGA in Ishinomaki MIWAKO

昨夜は久しぶりに 夜の石巻市街に出る。何か温かくて美味しいもの、何よりもあたたかい人と話をしてみたい。そんな想いであろうか。人恋しい気持ちと言えばいいか。GINGA である。震災後は何度か夜の市街をさ迷い歩いて変わり果てた街の様子に、ただただ 悲しみに打ちひしがれて首をうなだれて歩き回るばかりであった。
そんな時に、真っ先に営業再開を果たしていたのが GINGA さんであった。もっとも私が知っていたお店は、古ぼけた小路の奥の2階にあった 銀河 である。20年も前の事であったろうか?
 20年振りの再会を果たして、お話を聞くと家はすべて流されたいう。お店も当然被災したのであるが、持ち前のガッツで再開に動いた。
 6月にはそこでライブをおこなって、それが標記のCDになった。
帰り際に 飼い猫が餌を残すようになったが、どういう訳かと尋ねながら、ふと、見ると可愛い女の子の笑顔がカバーになっているCDがある。
 (猫の件はやはり寒さで運動不足からくる食欲不振らしい。)
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 直ぐに買い求めて 今朝6時から 聴きながらこのブログをUPしている。一応、MIWAKOさんのHPにもお邪魔をして
掲載の許可をお願いする。

 最後の方には 地震発生時の音 も収録されている。
 最後の曲は 見上げてごらん夜の星を MIWAKOさんのソロで。
 眼下に広がる明りの消えた自宅周辺の姿を見、見上げるれば満天の星で、66年生きてきたが、こんなにも星空が美しいと思ったことはない。
 都はるみさんに「千年の古都」があって 嘗ては愛唱歌の一つであったが、唄えるものならばどこかで唄いたいものである。他のお客さんの迷惑を考えれば、やはりカラオケボックスかなあ。

 MIWAKO さんのサイトは コチラ

 ママさんのお話では22日の夜もライブがあるという話。
 ダイニングバー GINGA   立町2丁目5-15
                   TEL 0225-23-4505

我が家の猫ちゃんのお部屋。
 床下迷路付き2階建てマンションである。ガラス越しに北上川が望める。ユッタリと日向ぼっこをしている姿を見ていると、こちらも飽きがこないから不思議である。
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 どこか他所の家の飼い猫であったようであるが、震災後一軒も家が無くなったために、我が家の作業場(自称別荘)に住み着いて子猫が生まれた。4匹の子猫のうち2匹が健在で母親と3人暮らしである。
 この年になるまで猫を飼うという事はなかったが、何も無いところに追い出すのも哀れに思えて、猫の部屋を作る事になった。仏壇に水とお茶、それに家内の好きだったコーヒーを上げて、次に猫に餌を与えて、ウンチの片づけが朝の日課になってしまった。なにしろ鉄骨造の作業舎であるから朝は零下になる。仮設に暖房器具が配布になったので、猫ちゃんの暖房も考えねばと思案している。取りあえず湯たんぽを入れてみたが、果たしてどうか。

2011年12月17日 (土)

孫 結太 誕生会

 今日は息子の長男の誕生日で、同じく12月生まれの嫁さんとの、合同誕生会に招待された。例年はどこかを会場に借りて催すのであるが、今回は息子夫婦のアパートでの誕生会となった。仙台のおとうさん、お母さん、それに嫁さんの妹さんも一緒である。

 両方からのオモチャのプレゼントに結太は大はしゃぎである。車が大好きということで私からは大きな自動車運搬車、仙台からはトミカの新幹線である。以前に私がプレゼントした車のタワーの拡張レールで、部屋が一杯になってしまった。
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 一しきり遊んでから食事会。父(ぴーじいちゃんと呼ばれる)とツーショット。
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 食事が済んで、又ひと遊び。遊び相手を指名するので、その時は兎に角一生懸命お相手をする。
その後はお楽しみのケーキである。イチゴ大好きということで、カーキはペロリと平らげる。
二歳のハッピーバースデー。
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なかなか生意気になってきたようである。
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息子夫婦には、以前に古川の 花鯉作家 千葉由香里さん の昇鯉(しょうり)である。仙台のお母さんはご自身も色々な刺繍をなさっているので、非常に興味深く見て頂いた。
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息子夫婦にとっても実家が流失してしまったので、いずれ自宅を建てねばならいが、頑張って欲しいと願っている。私と父は昔は畜舎であった鉄骨の作業舎を改装して終の棲家とするつもりである。そこに ヨシの工房 と 焼き物の工房を併設して、余生を楽しむ予定であるが、果たしてどうなることやら。

 花鯉作家 千葉由香里さん 関連記事 
2011年12月 2日 (金) 師走 
  

2011年12月16日 (金)

橋浦・吉浜・相川小学校 総合学習

 昨日は午後から橋浦小学校において、総合学習の一環として、北上川・ヨシ原についてお話をする。自然保護員の佐々木茂美さんは地域に棲息している野鳥や、飛来するコクガンなどについてお話をする。
 
 私は私のブログ「ヨシ原日記」を、50インチのモニターTVに映して、過去となってしまった、北上川のヨシ原風景や、橋浦・吉浜小学校のヨシに関する発表会や、総合学習の様子などを、ブログ記事を辿りながら説明をする。画像に自分が写っていたりすると、歓声が上がったり、皆、イキイキとした表情で話を聞いてくれる。
 相川小学校からの児童は一番多いのであるが、これまではまったくヨシを知らないので、それはそれで、真剣に聞いてくれるようである。

 吉浜小学校・相川小学校ともに3月の津波で甚大な被害を蒙ったために、津波被害には遭わずに済んだ橋浦小学校に間借りして合同の授業を実施している。学校の中にそれぞれの職員室があって、授業は同じ教室で各校の教員三名で行うようである。

 私の説明の様子を佐々木さんがカメラに収めてくれたのでUPしてみる。
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 次は自然保護員の佐々木茂美さんのお話で、オオワシの写真や、北上川河口に飛来するコクガンの様子を写真で説明してくれる。シーズン中は毎日のように河口に向かって、飛来数の確認に奔走している。昨年は200羽超すコクガンであったが、今年はまだ30羽程度だという。コクガンの飛来地として北上川河口は重要な位置を占めるようになっており、関係機関からも正式な調査が開始されるようである。
 昨年はこの河口から長面湾(ながつらわん)にかけて、ラムサールの重要な湿地帯として候補に上ったのであるが、今回の地震・津波で河口の状況は一変してしまったので、その後、どうなるか不明である。
 佐々木さんのお話の様子。
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 今回は3校合同の学習会であったが、この震災後の学校の在り方を考える中で、学校統合の検討がなされているようである。色々な感情面の問題もあって、拙速に進める事は出来ないであろうが、私の想いとしては北上中学校の隣接地に、三校を統合した北上小学校を新設するというのが、ベターではないかと思っているが、果たしてどうか?

 関連記事
   カテゴリー 地域の子どもたち

2011年12月14日 (水)

地域活動支援センター  こころ・さをり

 今日は所用があって街に出たので、帰途、蛇田公民館前の 仮設恵み野団地 に立ち寄る。ラシュールアンジェの 蔵王の烏帽子 を手土産にする。
 実は昨年の暮れに石巻市市役所玄関に飾ったヨシ門松に、さをり織りの帯を寄贈して頂いて、非常に好評であった。正月過ぎからは、北上町の 北上水辺センターに展示して来訪者にも見て頂いていた。それが、センターが津波で半壊して展示品の全てが、流失してしまった。
 新たに作り直すことになるので、今年もヨシ門松の土台に是非 さをり織り の帯を使いたい、というお願いである。吉野町の嘗ての活動拠点は津波の被害で使えないということで、こちらの恵み野団地で活動を再開したということは、以前に新聞で知っていた。集会所を利用しているということで、終われば織り機などは片づけるという。
 ヨシ門松に使う さをり織り の帯の件は快く引き受けて頂けた。

 地域活動支援センター  こころ・さをり 
こころ・さをりさをり織りを中心とした『地域活動支援センターこころ・さをり』の活動内容の紹介です。障害を持つ社会的に立場の弱い人たちの自立と社会参加を支援しています。宮城県石巻市で活動しています。


 パンフレットを頂いたので、ブログ掲載のお伺いをするとどうぞどうぞということなので、UPしてみる。
 地域活動支援センター こころ・さをり こころ だより  23年11月号
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輝くなかま さをり展 
 ナリサワギャラリー 12月17日(土)~19日(月)
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 さをり織りとは HPから引用 サイトはコチラ 
さをり織りとは、なにもかもを自由にした手織りです。すべて自己表現であって、手本はいらない。自分の思い通りに織ればよい。
手織り教室も全国各地にあります。手織り機や手織り糸、さをり作品、本の販売も行っております。

 これは余談であるが、こころだより の巻頭に掲げられた詩、「今日の言葉と明日の希望」 作者は みちのく赤鬼人 とある。実は最近の古本屋巡りで買求めた 詩集『志在千里』 の作者と同一人物なのであった。まさかこの方が理事長さんであったとは驚きである。
 みちのく赤鬼人(せっきじん)のサイト
  
 巻頭の詩の一節に
  この理不尽な姿を表現す(あらわす) 自分の言葉を刻み込め
 とあるが、石に刻み込むような確かな言葉は、おいそれとは胸に浮かばない。22日に作品を貰いに伺う時には須藤洋平さんの第二詩集を謹呈して、感想を伺いたいと思う。

 関連記事
 2010年12月31日 (金)
縁起 ヨシ門松設置 コチラ

合唱&ピアノリサイタル 遊楽館

 東日本大震災に被災した私たちを応援、慰めるために各地で様々な催しが企画されており、実に有難い事と感謝している。この17日にも標記のコンサート開催の記事があったので、紹介してみる。
石巻かほく紙 12月13日
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 日時 12月17日(土)
 場所 1回目 女川地域医療センター(旧女川町立病院)     
     2回目 遊楽館(石巻市 旧河南町北村)
 日時 1回目 12時30分 開場 13時開演
     2回目 14時30分 開場 15時開演
     入場は無料ですが先着150名まで
 主催 東日本大震災救援ボランテイア・チーム
     「フェニックス救援隊」(古川千春代表)

    フェニックス救援対の活動報告ブログ
フェニックス救援隊はコチラ  
    

 

2011年12月 7日 (水)

「あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから」

 懐かしい人から一冊の真新しい詩集が贈られた。隣り町に当たる、南三陸町に住む中也賞詩人 須藤洋平さんである。第二詩集『あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから』
 洋平さんの自宅は小高い丘陵地にあるから、津波の被害からは免れたと考えていたが、詩人は当日、仙台にいて仙台駅前で被災したと あとがき にある。一週間後に辿り着いたふるさとは壊滅的な「まるで原爆でも落っことされたように・・・」、或いはそれ以上に、神の手が傍若無人に引っ掻き回したような惨状であった。詩人も多くの知人・友人を亡くし、何故、自分が生き残ったのかと慟哭する。その深い弧絶の淵から、瓦礫の山に楔を打ち込むような言葉との格闘を通して、ここに第二の詩集『あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから』 が誕生した。その力業に心を揺すぶられ、励まされ、生きる望みを与えられる。

 未曾有の災害に遭遇して、私自身ともすれば自らを甘やかし過ぎる傾向があるが、やはり、前を向いて一歩一歩、歩いていくしか術は無いと知らされる。

 「生きて生きて、いつか素直にいけたなら、でっかいゾウにでもまたがって神さまのもとへと行脚しよう。そして、あの日の意味を問いただしてやろう。(子どもたちへ)

 『あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから』
  著者 須藤洋平 発行所 河出書房新社 
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 私はキリスト教徒ではないが、若い頃から 旧約聖書に親しんできたが、蔵書をすべて失ったので、時間が許せばブックオフを巡り歩いて、色々な書籍を買求めているが、その中の一冊に岩波の「ヨブ記」(関根正雄訳)があって、何度も繰り返し手にする。ヨブのように回復することはないであろうが、戦わずして逃げ去る事は出来ない。

2011年12月 2日 (金)

師走

 無我夢中で、しかし時には寄り道を繰り返しながら、師走を迎えることになった。最後のブログ記事が9月で随分と長い空白が出来てしまい、どこから手を付けて良いやら迷ってしまうが、取りあえずはすべて端折って昨日、1日から書き起こすしかあるまい。

 昨日は、仙台に住む娘からの誘いで、孫の夏音(かのん)の遊戯発表会を見学するために仙台に向かう。途中、立ち寄った銀行の待合で何気なく「りらく」12月号を手にしてアッと思った。”MONO創り人”というシリーズで
「花鯉作家」千葉由香里さんの紹介記事である。
 銀行の用件も済んで、直ぐにその千葉さんに電話を入れると、この1日、2日、3日と自宅で個展を開いているという。それでは2日に伺うという事に約して仙台に向かう。
 孫のお世話になっている ドリーム幼稚園 は庭先まで津波が押し寄せたらしいが、被害は無くて済んだらしい。子供たちの遊戯に楽しい一時を過ごし、最後は幼稚園の職員の皆さんによる紅白歌合戦で、大笑いの内に幕を閉じた。当初は、仙台の家に泊まってユックリと孫たちと遊ぶ予定であったが、夜は用件が出来て石巻に戻る。
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 今日の午前は我が家の作業場にしつらえてあったアサガオのネットを取り外して片づける。細かい作業は父にお願いをして、私は古川に向かう。花鯉作家 千葉由香里さんを訪ねる為である。実はこの花鯉を私の作る大門松の飾りに使えないかという思惑があった。石巻市役所の正面玄関にはここ数年、ヨシ門松を飾らせて頂いているが、さおり織の帯と共にこの花鯉も映えるのではあるまいか?勢いよく滝を昇る綺麗な鯉には、石巻の復興のシンボルとしても相応しいのではないか?
 そんな想いがあっての訪問である。
 古川の 下中目(しもなかのめ)と言えば、この春先まで勤めた鳴瀬川の施設では、常に目にし耳にした地名である。美里町からその地区に向かう途中の 小牛田家畜市場 には嘗ては何度も足を運んでいる。古川松山線の特養大崎ホームの直ぐ裏手といった場所である。
 コーヒーを頂き、作品の数々を拝見しながら、その華やかで力強い姿に只々時を忘れて見惚れるばかりであった。繊細なレースの地にあしらわれた様々な花模様は、門松の一部の飾りとして使うには余りにも勿体ない話で、それはスッパリと諦めて、娘夫婦・息子夫婦の子供たちにプレゼントとして買い求める。
 今まで頑張ってきた私自身にもご褒美に欲しいところではあるが、これは私の工房が完成するまでもう少し待たねばなるまい。

 ところで、最初に名前を見た時に驚いたのにはわけがあった。私の家内の妹の娘と同姓同名なのであった。もっとも姪の方は結婚によって小川姓となったが、今月中には出産の予定なので、こちらにもこの花鯉をプレゼントしたいと思っている。
 娘は六月に家内にソックリな女の子を産んで、亡くなった母親輝子の一字を頂いて夏輝(なつき)と名付けた。
この姪もどんな子を産んでくれるか楽しみである。

 (頂いてきた、花鯉の紹介記事は明日にでもUPしたい。また、ロンドン在住のAさんからはわざわざお見舞いに来て頂いたにもかかわらず記事として紹介できなかったことをお詫びいたします。一七日のコンサートの来石時にはまとめて紹介をしたい)

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