一族再会 ある葬儀から
新緑滴るこの時に、一つの命があの世へと旅立った。享年62。峰龍院大栄建秀清居士(俗名 秀正)。余りにも早すぎる突然の旅立ちであった。(心筋梗塞)
旧河北町三輪田に居住し、石巻市雄勝町で父の代から土建業を営んできた。その縁で葬儀委員長は元雄勝町長 山下壽郎氏にお願いしたようであった。ご苦労様でした。
故人、佐藤秀正さんと私は従兄同士であり、子どもの頃は、よく遊びに行ったものである。特に私には珍しいご馳走や、菓子を頂けるという天国のような家であった。また、二階建ての階段で遊ぶのが好きで、学校が休みの時期のお泊りは本当に楽しみな行事であった。
一枚の古びた写真が、当時の様々な思いを甦らせてくれた。
昭和26年3月
これは、私の実家の長男の結婚記念写真であるが、前列右二番目が私の実父であり、後列右四番目の子どもを連れているのが、憲治叔父でり、秀正さんの父親である。子どもは秀正さんの兄である。三人の叔父と二人の叔母が全員そろっている。
この子ども達、すなわち従姉妹たちが、一堂に会した。従兄弟の死があたかも一つの季節を開いたかのようであった。死という厳粛な事実の前で、こうしたことがなければ決して一堂に会するなどということはあり得ないことなので、私はこれを死者から生者へのあり難い贈り物と考えている。
葬儀告別式は、故人の幅広い社会活動の故をもって、盛大に執り行われた。
柩の中の顔もまったくこの遺影と同じで、まさに眠るが如くであった。声を掛ければ起きだしそうな感じであった。
葬儀の帰途、立ち寄った 菩提寺 大峰山建立寺 の墓所。奇しくも 憲治叔父も享年62であった。















































































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